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ガリバーたちが唱える「創造なき破壊」 2 No.482004年10月9日

■かけがえのない地球をギャングの棲み処に変えた『市場原理主義』

いま、世界の全貿易の取引の内訳はこんな感じである。3分の1は同一企業内でおこなわれている。つまり多国籍企業であるナイキとナイキ、マイクロソフトとマイクロソフト、デルとデル、ウォルマートとウォルマート、シェルとシェルといった取引である。もう3分の1は多国籍企業間の取引である。ようするに、 IBM GE などの多国籍企業同士の取引である。ということは、残りの3分の1だけが本当の意味での国家間の貿易ということになる。ところがこの本当の国家間の貿易の割合のほうは、限りなく減り続けているのである。

多国籍企業は、成長と効率を最優先し、それ以外の価値をすべて排除する力学で動いている。市場経済の目的は、あくまで利潤と富の蓄積であり、それが効率性の証明となる。そして利潤は金融市場を通して素早く投資され、その素早い投資がまた新たな利潤を生むサイクルを再創造することになる。この市場経済の生産性向上の報酬として、社員が受け取ったものはなんと「解雇」だったのである。あらゆる国や地域を移動する多国籍企業の生産性が効率を増す一方で、その社員である労働者は、その忠誠と努力に対して「減収」や「リストラ」をもって報いられるのである。世界的なグローバリズムによってホッブスの言う「万人の万人に対する戦い」が、市場経済という世界的な「目に見えない戦場」で勃発しているのである。

多国籍企業はひとつの国に定住する気はなく、労働組合が弱い国や地域、あるいは限りなく安い賃金で最高の効率性を達成できる「場所」を求めて地球上を移動していく。フランスのトムソンがマレーシアの工場をたたんでベトナムに移転したときには、2600人の現地労働者が見捨てられた。またナイキも利潤追求のために、下請工場を韓国、インドネシア、ベトナムへと次々と移転し、限りない欲望を満足させるために世界の草原をさまよい続けている。インターネット革命と国際間を移動するマネーのおかげで、グローバル化と市場の統合はもはや避けて通れない現実となる。

ようするに、グローバル化した『市場原理主義』が、私たち個人の社会に於ける関係を決定してしまう。それぞれの国や地域が、私たちに対してできることが少なくなり、たとえできたとしても、それは「大きな政府の時代」のやり方であって、いまや時代にそぐわない価値観として退けられてしまう流れとなる。民主主義はほとんど無意味なものとなり、「選挙」や「市民参加」などは、あくまで私たち国民という「負け組」に取り入るためのパフォーマンスとなり、私たち中小企業の自営業者やサラリーマンは管理下におかれ、しだいに弱体化され奴隷化されてゆく。

■WTO(世界貿易機関)は「奴隷制」を世界中に伝播する

地球のガリバー(世界的な多国籍企業を、私が独断でガリバー旅行記に出てくる主人公ガリバーに譬えたもの)である多国籍企業は、一切の制限をつけない自由な貿易と投資を建前としているから、その自由を保障するために、 WTO (世界貿易機関)のような強力な国際的な枠組みがどうしても必要となる。こうした世界秩序は、彼らにとってきわめて効果的なプロパガンダとして機能して、これらに異を唱えることは、まるで神や宇宙律のマトリックス(母胎)に文句をつけるような雰囲気すら醸しだしてしまっている。

ところがこの WTO (世界貿易機関)の枠組みは、さまざまな国の異なる政治、あるいは社会的システムのルールがまともにぶつかり合って、非情な競争を強いられている。 WTO は、刑務所内で生産された製品については規制の対象外としているが、団結権や児童労働についてはまったく言及していない。国際繊維衣料皮革労働者連盟( ITGLWF )の資料によると、全世界で約2億5000万人の児童が労働しており、そのほとんどが劣悪な労働条件下で働いている。もちろんその地域や伝統やアジア的価値観等はなんの関係もない。そこにあるのは大人ひとりの賃金で、何も知らない無防備な子ども3人を雇おうという効率主義だけである。

しかも児童労働は成人労働者の賃金低下を招くと同時に、大人を労働市場から締め出しているようである。インドでは働いている児童の数と失業している大人の数がほぼ同数になっている。つまり、児童労働は貧困を再生産しているのだ。今日の就労児童は未来の成人失業者となり、さらには自分の子どもたちを、同じような最悪の労働条件下に送り出す悪循環になっている。その背後には多くの多国籍企業が、子どもを働かせている下請企業と「外部委託」契約を結んでいるのだ。

世界の国々の労働条件は、『市場原理主義』によって競争すると、「最低をめざすレース」になってしまう。いちばん最低の共通項が基準となり、労働者は常に第3世界並みの労働条件に甘んじるか、或いは失業かという選択を容赦なく突きつけられることになる。

国際取引においては、もし何処かの国が政治的な圧力をかけ、虐げられた労働者たちの存在や、環境破壊にも見て見ぬふりをして安い商品を売ったとしても、市場原理主義者や WTO にとってはお構いなしなのだ。反グローバリゼーションの国際NGO組織「ATTAC」の副代表であるスーザン・ジョージは、その著作「 WTO 徹底批判!」のなかで、 WTO の構想は次のような批判をもたらすにちがいないと述べている。

》公共サービスを弱体化させるか、もしくは破壊する。

》小規模農業の従事者を破滅に追い込む。

》社会的既得権をおびやかす。

》すでに定着している国際法を破る。

》すでに不利な状態におかれている国々を、よりいっそう不利な状態におくことになる。

》文化を同質化する。

》環境を荒廃させる。

》実質賃金や労働基準を低下させる。

》市民を保護する政府の能力や、政府に保証を求める市民の能力を格段に低下させる。

ようするにWTO(世界貿易機関)は、あらゆる人間的な価値観を犠牲にして、効率を求めて世界の草原をさまよう弱肉強食の「多国籍企業獣たち」の利益擁護者と化しているのだ。彼らは世界の貧富拡大に喜んで手を差し伸べ、地球規模の環境破壊の切り込み隊長役を買ってでているのだ。WTOという組織にとっては、私たちひとりひとりの人間は、単なる消費者、単なる商品に過ぎないのである。

市場に任せさえすれば、すべてがうまくいくという『市場原理主義』のプロパガンダを唱えるWTOに対して、あるいはその御用メディアに対して、経済の主人公は人間であって、その逆ではないと主張するヴィヴィアンヌ・フォレステルは、「人間はもはや搾取の対象でさえなくなった。いまや人間は排除の対象になった」と、その著書『経済の独裁』のなかで憤怒の思いで述べている。

そうやって世界中から効率よく生み出されたガリバーたちの巨額なお金は、年金基金や保険会社や金融機関(証券ビジネスやヘッジファンドも含まれる)の手の中にしっかりと握られている。その資産は約30兆ドルであり、そのお金を元手に世界を徘徊している貪欲なお金が300兆ドルもあり、常に市場の動向をうかがい、動くときには素早く群れをなして動く。その一方で地球上に存在する国々の実際のGDPの合計は30兆ドルに過ぎず、現実の世界貿易の決済に必要なドルはさらに少ない8兆ドル程度である。

このとてつもない資金を動かすファンドマネージャたちには、利益をうまく稼いだもの、もっとも成功した者のあとを追いかける群集心理の力学で動いている。彼らのポートフォリオ1%は、アジア新興工業の株式市場の4分の1、ラテンアメリカの株式市場の3分の2に相当し、たった1%動くだけでその影響力は相当のものがあるのだ。ということは、何かの突発的なパニックが起きたとき、これらの金融資本は投機目的で相当のレバレッジがおこなわれているために、いっせいに出口に向かおうとすれば、常に壊滅的なドミノ現象を起す危険をはらんでいる。

このジャック・アタリが「エリート遊牧民」と呼ぶ資本家たちは、どこにでも好きな場所に素早く行き、絶えず移動している。彼らの支配下には膨大な私たち定住型の「労働者」がいる。嫌なことに私たち労働者の最大の特徴は、簡単に移動できないばかりか、他人でも代用がきくことである。彼らエリート遊牧民であるガリバーたちは、新たなるオアシスからオアシスへと移動しつつも、自分たちに隷属する「従順なラクダの群れ」を増やしつつ、ドル帝国主義という砂漠の生態系を維持するために、先住民や原住民たちを詐欺と暴力で巧みに操る。そして宝物であるカーペット(ハイテク製品と武器)とナツメヤシ(石油)を管理或いは略奪し、それでも私たち原住民が騒ぎ出して抵抗することのないよう、占領を企んでいるのである。 

■「自己責任論」の裏側にいる闇の勢力

今あらゆる意味で90年代からの不況の清算コストを、全て私たち個人に責任が転換される試みがなされようとしている。もちろんリスクの転換も密かに始まっている。たとえばゼロ金利もそのうちのひとつである。預金者にとって、いまや銀行貯金はほとんど魅力のないものになってしまっている。

つまり結果的に、今後はもっと利回りのよい有利な金融商品を求めて、何も知らない私たち個人の金融資産は銀行貯金から巧みに誘い出されることになるにちがいない。それは結局よりリスキーな証券市場に向かうしかないようである。郵便貯金や簡保にある350兆ものお金が民営化の波に晒されるのも、基本的にはこの流れ以外の何物でもない。しかし日本の主要メディアは肝心なことには決して触れない。

銀行預金から株式市場への流れは、日本民族の体質的な変身を要求してきているのだ。これは決して日本民族が自ら望んだわけではない。にもかかわらず、主要メディアはまるでそれが流行であり、誰もが簡単に幸せになれる特効薬であるかのように喧伝されている。しかしその一方で、密かに「自己責任」の時代であるということも言い始めているのだ。

そして「個人の自立」の時代であり、ついに「地方の自立」の時代もやってきたとマスコミは不思議なくらい囃し立てている。個人資産が証券市場というまさにハイ・リスクな領域に誘い出されようとしている時に、最高のタイミングで「自己責任」と「個人の自立」と「地方の自立」の時代がセットになって、まるで天から降ってわいたように訪れようとしているのである。ほんとうに違和感の感じる流れである。

いま経団連が先頭に立ってすすめている「債権株式化」にしても、間接金融から直接金融への流れにしても、結局のところ、産業界は証券市場から資金調達しなければならないからである。ようするに日本の株価を再上昇させるために求められているのが、銀行預金として預けられている個人の金融資産なのである。そして2005年からついに実施されるペイオフの流れも、この銀行貯金から株式市場への流れを加速するために仕組まれた「ある種の脅し」だと私は思っている。巷で言われる1400兆円の金融資産は幻想に過ぎないが、郵貯と簡保にある約350兆はやはり相当に美味しいはずである。

だからこそ郵便局の民営化なのである。それ以上でもそれ以下でもないのだ。日本型401K(確定拠出型年金)の導入も、まったく同じ戦略である。本来なら退職後のかけがえのない生活資金である年金まで証券市場と結びつくわけだから、なんとも恐ろしい流れなのである。こうした変化で儲かるのは一体どこの誰なのだろうか。企業から私たち労働者である個人へ、クローニーキャピタリズムに守られた「大」から無抵抗な私たち「小」へ、自分たちの犯したコストとリスクを、私たち何も知らない善良な個人にさりげなく転嫁しようと企まれた手法が、ようするに「失われた10年」だったのではないのだろうか。

もはや企業と従業員は一体ではなく、したがって終身雇用、年功序列等の日本的経営は蜃気楼のような存在となってしまっている。従業員は会社から切り離された労働市場の商品となり、需要の変化に応じてレイオフや解雇の対象となり、私たち普通の日本人が、切実に望んでいる「安定」とは似ても似つかない「不安」と「使い捨て」が、私たち個人を包囲しはじめている。

ようするに、向こう3年以内に雇用を何千人減らすと発表するだけで、ほとんどの上場企業の株が暴騰する不思議な時代を私たちは迎えているのである。これが、日々投機的になりつつある『市場原理主義』というパフォーマンス経済の掟なのである。

■「もう在日米軍基地なんていらない」と今こそ小泉首相はパフォーマンスすべき

アメリカが中東で泥沼化したために、兵力の不足が明確となった。それでやむなく今回のアメリカ軍の再編(トランスフォーメーション)計画が発表されることになる。韓国からは数回の段階を踏まえて駐留兵士を引き上げることになったが、日本は逆にアメリカの陸軍第一軍団司令部を座間に持ってくると同時に、グアムの第13空軍司令部が横田基地に統合される流れが明らかになった。小泉首相は7日昼、ベトナムのハノイ市内で、「抑止力の維持を含めて、国外移転はあっていい」と記者団に述べた。 (参考記事)

つまり、これは沖縄に駐留する第3海兵師団第4連帯3000人の国外移転の変わりに、アメリカの陸海空のすべての司令部が日本に集中してしまう流れである。しかし、これはとんでもない危険な選択である。アメリカは2010年頃に勃発すると思われる中台戦争リスクから、たぶん、うまく圏外に逃げようとしていると思われる。中台戦争が起きた場合、アメリカは台湾の安全を保障すると言いつづけて来たわけだから、当然アメリカも中国と戦闘状態になる。

しかしアメリカの司令部をすべてアメリカ本土から日本に移転してしまっておけば、中国のミサイルはアメリカ本土ではなくて、当然日本にあるアメリカの陸海空司令部に向けられることになるのだ。その上アメリカはいま、カスピ海の石油パイプライン上にある北オセチア共和国ベスラン等でロシアと激しい石油利権闘争をやっている真っ最中だから、下手をすると、いつ何時ロシアのプーチンとも新たな緊張が生まれるかまったくわからない状況といえる。

ようするに、いまアメリカはドル帝国主義を守るために、世界中を相手にして複雑でタフな戦いを演じているのである。イラクの民主化という表向きの戦いだけでなく、公表できない裏側の戦いであるドル帝国主義を守るために、ユーロ諸国とロシアと中国という「目に見えない潜在敵」と必死に戦っているのである。そういった状況を計算した上でアメリカは、日本の本土に陸海空すべての司令部を日本に持ってこようとしているのである。そうすれば、アメリカ本土はミサイルの危機から回避できるからである。

なにしろ、アメリカが日本に売り込んでいるとんでもない値段のMD(ミサイル防衛構想)システムは、今のところ迎撃に失敗する可能性のほうが高いからである。もし私が小泉首相なら、「テロとの戦争には、いまさら在日米軍基地なんて時代遅れだからいらない。だから在日米軍駐留経費負担はすみやかに廃止したいと思う。もし段階的に駐留軍を撤退していただけるなら、浮いた在日米軍駐留経費で自衛隊を格上げして、自分の国は自分で守ります。できれば、ロシアや中国に取り込まれないためにも戦略核を持つことを許可願いたい」とブッシュ大統領に向かって、さりげなく言いたいと私は思うのだ。どうせダメもとなのだから…。

どうして小泉首相は、こんなやりがいのあるパフォーマンスに挑戦してみようとしないのだろうか?これをやれば間違いなくイチロウ以上に、目立つことが大好きなミーハー小泉純一郎首相が、全世界から注目される可能性大だと思うのだけどなあ。

 

 

 

《主な参考文献および記事》

(本記事をまとめるにあたり、次のような文献および記事を参照しました。ここに、それらを列記して、著者に感謝と敬意を表すると共に、読者の皆様の理解の手助けになることを願います。)

★ ルガノ秘密報告 グローバル市場経済の生き残り戦略 スーザン・ジョージ著 毛利良一監訳 (朝日新聞社 2000)

★ 不安社会を生きる 内橋 克人著  (文春文庫 2002)

★  増田俊男の時事直言 10月8日号

★  大田允述正コラム#495 吉田ドクトリンの呪縛(その3

『終』

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