失われたマトリックスを求めて 3 No.43【2004年8月7日】
精神主義による「自己愛」のすすめ
私たちの人生の旅における「幸福追求」について、今回は少し触れてみたい。戦後の物質資本主義と科学信仰主義によって、私たちはまず個人主義を信奉し、手にとって触れられるもの、目に見えるものこそ価値があるように教えられてきた。その結果として国際金融勢力の狙いどおり、世界のあらゆる場所でエゴイズムによる犯罪や殺し合いが起こり、資本主義体制を維持するためのエネルギー資源略奪のための戦争やテロが勃発し、自分が信奉する宗教以外の他民族の宗教とも敵対して激しく憎むようになったのである。
もちろん日本でも毎日のように、今まで考えられなかったような残虐な殺人や肉親同士の傷害事件が頻発するようになってきている。物質資本主義による「個人主義」が喧伝され、「消費者」という新たなカテゴリー生物が地球上に蔓延すると同時に、私たち人間が生活する共同体のなかに、空気のように当たり前にあった「愛」が、まるで霧のように蒸発していってしまったような気がしてならない。やはり、国際金融勢力は天才的マジシャンである(笑)。
とにかく、まず基本になるのは、自分に対する「愛」である。これがなければ何も始まらないのだ。いきなり話が飛躍して申し訳ないけど、ちょっと付き合ってほしい。大学時代の先輩でとてもチャーミングな女性が、どうやら同棲中の先輩の恋人に裏切られているらしいという噂が立って半年ぐらい過ぎた頃だったと思う…新宿の紀伊国屋の前で彼女に偶然会って、お茶に誘われたことがある。喫茶店にいた1時間半のあいだ、彼女は自分のことはほとんど話さないで、「僕」のことばかり聞くのである。
最初は気にならなかったのだが、そのうち妙に鬱陶しく思われるくらいの質問やアドバイスを執拗にしてくるのである。例えばジーパンはもっとハードな生地の小さめのものに変えるともっとカッコよくみえる等々に始まって色々言われた末に、「わたしは、もう自分には期待しないの」とチャーミングな笑顔で彼女は言ったのである。彼女は美人で頭もよくて学部の中でも目立った存在だったから、彼女に先輩の彼氏さえいなかったら、まちがいなく「僕」はアタックしていたと思うのだ。
なのに、その後彼女から何度かアパートの管理人経由で電話が入ったとき、ほとんど反射的にバイトがあるとか居留守とかを使ってしまったのである。彼女のバランス感覚が不安定になっていて、そんな彼女を支えきる自信がなかったし、もちろん彼女の弱みにつけこんで「狼」になるのも嫌だったし…。本当のところは、よくわからない。ただ彼女の何気ない笑顔の中に、「自分に対する愛」を失ったひとりの女性の自虐的なもろさのようなものを、私の本能的直感がはっきりと感じ取ったような気がする。
そんなわけで健全な人生を送るためには、「自己愛」がとても大切である。それは人間関係に不可欠な要素である。自尊の気持ちは、私たち人間のこころの一番奥深くのDNAに刻まれた欲求であり、純粋な生の喜びに溢れた「人生の意味のドア」を開いてくれるキーワードともいえるのである。
ギリシャ神話にでてくる美少年ナルキッソスは、自己愛のへの欲望を、ひたすら自己の物質的な側面(肉体)に注意を向けることだけで満たそうとしたのである。このような物質的なイメージのことを、スイスの精神医学者トゥルニエはペルソナ(扮装)と呼んでいる。
ナルシズムというのは、本来「こころ」の領域である精神的な問題を、物質的な手段で解決しようとするものなのである。自分を愛するということを、宝石、ブランド、アクセサリー、肩書き、役職といったものに価値を置くまちがった道をたどらせようとするのである。国産金融勢力が、私たちに物質資本主義のなかで仕掛ける「罠」は、まさにこのナルシズムそのものなのである。そのような本質を最近のメディアは教えないで、情けないことに、逆のナルシズムを四六時中煽って国際金融勢力に味方しているのである。
ナルシズムによる「インチキの自己愛」は、自然律によって育まれた周囲との一体感や古来から伝わる精神主義的な考え方を、意味のない迷信的なもののようにあつかう。物質資本主義の「罠」である偽りの自己愛の行き着くところは、追いかけても追いかけても、常に空虚感にとらわれるあの「逃げ水」との鬼ごっこになってしまうのである。
ようするに、私たちは果てしない「欲求不満の迷路地獄」に追いやられてしまうのである。これこそ国際金融資本があらゆるメディアを通して私たちにさりげなく仕掛ける「ウソの自由」なのである。ここで大切なのは、見かけを変える整形手術ではなくて、「物質主義」から「精神主義」へのこころの転換である。私たちは今のままで、人間としてすでに満たされているのである、ということを信じることが大切なのである。
それさえできるようになれば、たとえ私たちがどんな状況にいても、他の人々の励ましになることは可能だし、希望の伝え手になることだってできる。インチキのナルシズムの虜になった人々をそのプロパガンダから解放して、打ちひしがれた気持ちに元気を吹き込むこともできるのだ。ここで唐突ながら、拙著の
精神主義物語シリーズ第一弾『ア・デイ・イン・ザ・ライフ
』の中から一部を引用してみたい。
何もしないで時を過ごす
彼女は海に視線をじっと注いでいたかと思うと、思い出したように口を開いた。
「あなた、子供の頃何をして遊んだ?」
「プールで泳いだり、近くの山でスキーをしたり…」卑弥呼の質問の意図がさっぱりわからなかったけど、かれは素直に答えた。
「あなたがスキーに夢中になっているとき、まわりの友達や仲間のことがいつも気になった?」
「ぜんぜん。ふと気がついた時、周りに誰もいなくなっていて辺りが暗くなってしまっているなんてことは、しょっちゅうあったよ」
「それはあなたが遊びに夢中になっていて、自分の存在そのものさえも意識してなかったということなのよ。つまりあなたは自我を完全に捨てていたのよ。わたしたち大人はこの自我意識があるせいで、『いま』から切り離されて、疎外感を感じてしまうわけ。ここまではわかる?」
「なんとか」雅章はつぶやくように答えた。
「まだ謎のように聞こえるかもしれないけど、あなたの子供時代のようにいまに生きることは、自我の消滅を意味しているのよ。自我が消滅するということは、子供の頃のように周りの状況と、その景色や出来事と完全に一体化してしまうことを意味するのよ。そうなると、すべての出来事がある不思議な流れにしたがって起きるようになってきて、そこに本当の愛が生じるようになるわ。これは本当に大切な真理よ」卑弥呼は、言葉のひとつひとつをゆっくりと味わうように語った。そしてその高遠な知恵を、雅章にやさしく噛み砕いて惜しげもなく分け与えた。まるで兄弟や気の合った幼なじみとでも時を過ごしているみたいに、彼女はとても安らいだ表情をしていた。
「でも、いま言ったことを、あなたが本当に自分のものとするのは簡単じゃないわよ。わたしたちの心は信じられないくらい移り気で、数秒後には、もう他のことに気を取られてしまっているのよ。すぐに雑念が入ってきて、ふと気がついた時には、再び度量の狭いエゴイスティックな自我がわたしたちの領土を占領してしまっているってわけなの。わたしたちの自我は、わたしたちを支配しコントロールし続けるためなら、なんだってやるのよ。そうよ、相手は生き延びるためには手段は選ばないわよ。わたしたち人類の歴史は、ようするに、この戦いの果てしない繰り返しといえるわ。時代と場所に相応しいメイクアップが施されてはいるけど、結局のところ、どこまで行ってもみんな同じテーマのリメイクに過ぎないのよ。理屈的にはそういうことなの。わかったかしら?」
「ギリギリなんとかね」雅章は少し興奮したまま答えた。
「その戦いに勝たなければならないわけだね?」
「これは命をかけた聖戦であると同時に、伝説の戦いなのよ」
「で、ぼくの勝率は?」
「低いわ」
雅章はそれを聞いてガックリと肩の力を落とした。すると卑弥呼は元気づけるように続けた。
「勝つ秘訣ならあるわよ」
「どんな?」雅章はすがるように聞いた。
「ただ、あなたに本当にやる気があるかどうかが問題ね」
「勝つためなら何だってするよ」雅章はきっぱりと言い切った。
「本当に?」またしても探るような目で卑弥呼は尋ねた。
「もちろん」男に二言は無いよ、といった感じで雅章は言い返した。
「わかったわ」しばらく雅章の反応を確認してから、卑弥呼はそう答えた。
「あなたに一番必要な勝利の秘訣は、
断念 を知ることだと思うわ」
「それってやっぱりあきらめる意味の
断念 ?」雅章は反射的にそう聞き返していた。ビッグバンも集中力の話でその 断念 という言葉を使ったからだ。これは単なる偶然なのだろうか?それとも何か意味を嗅ぎ取るべきなのか?
「そうだけど?」
「いいえ、別に意味はないです」かれは深考えをしないことにした。
「これはあなたが思っているよりずっと厳しい試練よ。驚かないで静かに聞いてほしいの。これからあなたがしなければならないことは、あなたの肉体の感覚を閉ざすことと、欲望の対象となる女の人との物理的かつ現実的な接触を絶つこと。わたしがいいと言うまで、とりあえずはこの二点だけきちっと守ってほしいの。もちろん、降りるならいまのうちよ」
「とりあえず家に鍵をかけて、じっと閉じこもっていればいいのかな?」雅章の声はいくぶん震えていた。
「そういうことになるわね。一応念のためにってわけじゃないけど、あなたの家と仕事場に、盗聴器と隠しカメラを付けさせてもらうけど、いいかしら?」
「盗聴器に、か、隠しカメラ…」急に雅章は喉がつまって苦しくなった。
「あら、冗談だとでも思って聞いていたの?」
「いえ、そんな…」
「嫌なら、別にかまわないのよ」
「や、やります。もちろん」雅章は覚悟して言った。
「よかったわ」卑弥呼は満足そうな笑顔を浮かべた。
「妻がいるにもかかわらず、これまで欲望のおもむくままに女の子たちに近づいてきたのよ。あなた、
イタリア産の馬 じゃないのよ。とにかく再生のテスト期間として、インドの僧侶のように何も求めず、静かに瞑想して過ごすのよ」
「何もしないで、ただ静かに、インドの僧侶みたいに瞑想さえしていればいいの?」
「自分が自分の最良の友であるように、誰にも何も期待しないで、静かに、あなたひとりだけで幸せに時を過ごすのよ」
「ぼくがすべきことは、本当にそれだけ?」
「それだけよ」
「しつこいようだけど、本当にそれだけ?」
「もちろんよ」
「じゃ念のために聞くのだけれど、トイレや新聞を読むことなんかも、やっぱりダメ?」
「ずいぶん余裕があるのね?」
こんな冗談にはつきあっていられないわ、みたいな態度で卑弥呼はソファーから立ち上がると、玄関のほうに向かった。つまらない軽口をたたいたことを後悔しながら、雅章は後を追った。卑弥呼は、玄関のドアを開けながら振り返って、かれに握手を求めた。
「約束を守れる?」
雅章は握手をしながら、黙ってうなずいた。どうやら盗聴器と隠しカメラは明日専門のスタッフが取付けにくるらしい。卑弥呼に一応雅章のケイタイの番号を教えといた。卑弥呼はくったくのない笑顔を残して去っていった。
雅章はひとりになって、卑弥呼が言ったことを何時間も考えてみた。考えれば考えるほど、卑弥呼が提案したことに従うことは容易じゃないような気がしてきたのだ。もちろん多少大変なことはわかっていたけれど、そんな深い意味が含まれているなんて、雅章は考えもしていなかったのだ。
雅章はパワーブックの電源を入れて、ワードを立ちあげた。かれの耳にいまだに残っている言葉をキーボードに打ち込んだ。
自分が自分の最良の友であるように、何もしないで、幸せに時を過ごすのよ。
本当にこの言葉どおりに何もしないでも妻の雨音は帰ってきてくれるのだろうか?このまま誰にも逢わないで幸せに時を過ごすことが、実際問題として可能なのだろうか?考えれば考えるほど現実的なこととは思えなくなってきた。
でも、もしそれに従わなかったら、伝説の戦いにぼくが勝つ可能性も、たぶんなくなってしまうにちがいない。どうせ恋なんてみな面倒くさいことばかりで、どうにか上手くいったところで、結局のところ行きつくところは退屈なのだ。だとしたら同じループの繰り返しじゃないか?おそらくしばらくのあいだは、雨音ともホタルとも逢わないでいようと思えばそうできないこともない。週末をひとりで過ごした経験はここ何年かないけど、まあ、それでもなんとか過ごせるだろうと思う。
いちばん問題なのは、卑弥呼の言った言葉の中で『ひとりで幸せに時を過ごすのよ』というくだりだ。これはほとんど不可能といっていい。卑弥呼に安易に約束してしまったけど、もっと慎重に答えるべきだったのだ。
借金だらけな上に、ひとりぼっちでどうして幸せに時を過ごせるっていうのだろうか?どう考えたってあり得ない、そんなこと奇跡が起きない限り絶対に無理なのだ!
『ひとりで幸せに時を過ごすのよ』だって?
こんな不可能な約束を軽く交わしてしまうなんて…ぼくはなんて間抜けなのだろう!でも、もう後戻りはできない。明日になれば、仕事場と家に隠しカメラ等がセットされてしまうのだ。好むと好まざると、すでに伝説の戦いの火蓋は切って落とされたのだ。借金まみれのなかで、妻とホタルなしで、ひとりで幸せに過ごすしかないのだ。いいだろう、挑戦してみようじゃないか。
天国への階段
翌朝、目を覚ますと、雅章は砂浜を軽くジョギングした。今日は体調がよく、いつもより何となく体が軽いような気がした。たぶん自分のやりたい事を宣言して、気持ちがすっきりしたせいかもしれない。自分の本当にやりたいことをすることに罪悪感というか、恐怖心みたいなものがいままでずっと自分の中にあったのだ。ほんとにやりたいことをやっちゃいけないみたいな、そんな教育を、かれは知らないうちに何処かで受けていたのかもしれない。
とにかく本来の目的に向かって雅章は歩き始めたのだ。たとえそれがどんな結果を導いたとしても、今はともかく余計なことは一切気にしないことにした。挑戦する行為そのものが、何よりもかけがえがない気がしたのだ。雅章はとてもワクワクした気分でリズミカルに走りつづけた。
汗だくになって家に戻ると、雅章はすぐにシャワーを浴びて、それからゆっくりと新聞を読み始めた。しばらくして電話が鳴った。電話を取ると、ビッグバンの執事からの電話で、もうすぐ迎えの運転手がそちらに着くという内容の電話だった。雅章が電話を戻すと、すぐにまたケイタイの電話が甲高いメロディで鳴った。今度は卑弥呼からの電話で、きのう話した盗聴と隠しカメラの専門スタッフがもう着く頃だから、よろしくという案内だった。しかし前もって案内のある盗聴と隠しカメラなんて、果たしてそれで本来の役割を果たしているといえるのかどうか、何とも不思議な気持ちがした。雅章は頭を軽く振ってから、深く考えないことにした。
その時玄関でチャイムが鳴った。階段をかけおりて玄関にいくと、ビッグバンの女運転手が直立不動で立っていた。ロールスロイスに向かって実にスタイルのいい女運転手の後から歩いている途中に、今度はバンが家の前に来て止まった。スタッフのひとりが雅章に近づいてきて、隠しカメラ等の取付けの確認をした。自分はこれから出かけるからと伝えて、雅章は家の鍵を渡した。盗まれて困るものはたいしてなかったし、何よりも卑弥呼のことを信用していたのだ。車に乗り込む前に、かれはケイタイでスタジオに電話して、とにかく取付け業者が午後から尋ねる旨をチーフカメラマンに伝えた。いつものように女運転手が車の後部座席のドアを開けてくれた。乗り込むと、少しジョギングをしたせいか急に眠くなった。
つぎに気がついた時は、牧場の前を走っていた。かなりの数の牛や馬が放牧されていた。柵の前で車がゆっくりと止まった。
窓越しに、女運転手が柵の中にいる一頭の黒い子馬を指差した。それで雅章が視線を向けると、その子馬のそばで世話をしている人の姿がチラッと見えた。よく視線を凝らしてみると、その熟年の男はビッグバンに少し似ていた。こちらの視線に気づいたらしく、腰を伸ばして手の動きを止めた。車から降りて柵に寄りかかるようにして眺めていると、そのカウボーイみたいな格好をした男がゆっくりとこちらに近づいてきた。カウボーイは汗ばんで日焼けした顔に笑みを浮かべた。包容力のあるその笑顔は、まちがいなくビッグバンだった。
「この牧場には、どうにも手のつけられない馬や心を病んだ馬が世界から集まってくるのだよ。落ちこぼれ馬の癒しの牧場ってところかな。宣伝なんてしていないのに、不思議なことに何処からともなく聞きつけて、病んだ馬たちがどんどん集まってきてしまうのだ。そう、いまわたしが世話していた子馬も、二ヶ月前運悪く車の事故に巻き込まれたショックのせいで狂ったようになってしまったのだ。まったく飼主にもなつかなくなってな。ところで、きのうは申し訳なかった。よかったら今日は馬に乗って、辺りを散歩してみないかね?」
ビッグバンはそういうと、馬舎のほうで働いている者に何やら合図を送った。雅章は断るタイミングを逸して内心どぎまぎした。馬なんて、子供の頃に親と一緒に乗ったことがあるだけで、自分で乗ったことなんて一度もなかったからだ。そうこうしている内に手綱を引かれた馬が二頭こちらにやってきた。
「この馬は病んでいるわけじゃないからね?」雅章の不安そうな様子を察して、ビッグバンは笑いながら言った。そして簡単に乗馬の基本を一応教えてくれた。もう覚悟を決めるしかなかった。思い切って乗ってみると、意外にスムーズに走り出した。ゆっくり走らせているぶんには何とかなりそうだった。森の中を馬で散歩するのが、こんなに気持ちがいいとは雅章は思ってもいなかった。その上、視界のずっと向こうには果てしない大草原が続いていた。森と大草原と、そして反対側の斜面はそのままなだらかに美しい海岸につながっていた。何種類もの鳥たちが、青い空をさわやかな風に乗ってみごとな弧を描いて舞っていた。
「この場所は美しいだろう?」まわりに視線を投げかけるように首を回しながら、ビッグバンは尋ねた。
「天国の森でも散歩しているみたいな気分です」
「ここは永遠の癒しの場所なのだよ。でも、誰もが来れるわけじゃない」
「どういう意味ですか?」
「この場所は見落としやすい、すぐに忘れてしまう場所にあるのだよ。ようするに道路アクセス上の致命的な死角に位置しているのだ」
「ふうん?」雅章は、何とも答えようがなかった。前回もほとんどルートを意識していなくて記憶になかったし、今回はまるっきり眠ってしまっていたのだから…。
「この場所へのルートを覚えているかい?」
「まったく憶えていません」雅章は肩を竦めて答えた。ビッグバンは呆れたように頭を振ってから、気持ちを立て直すように手綱を持つ位置を少し変えた。
「この素晴らしい平原には永遠の輝きと安らぎがある。この場所にあるすべての豊かさは、誰も決して奪うことはできないのだ。いつも崇高な目標を持って、それを美しい映像として心に描き続けていれば、この上ない安らぎと豊かさの果実がいっぱいに実った天国のようなこの場所に、いつでも好きなときに訪ねてくることができるようになるだろう。そしたらこの場所への大切なルートを、二度と忘れないよう頭に刻みつけるようになるにちがいない。でもこれだけは守ってほしい。決して自分だけの秘密にしないで、この場所に来たいと思う人には、誰に対しても惜しみなく教えてあげてほしいのだ。できればきみにこの楽園への道案内人になってもらいたいのだ」
「道案内人?まだちょっと自信が…」
「この楽園に迷わないでくるためには、ただ
自由 になればいいのだ」
「まだよくわからないけど、たぶん、そのために一番やりたいことを始める決心をしたのです」
「もちろんそれがスタート地点だ。それもなかなか勇気がいる。ただそれだけでは真の自由は得られない。本当の自由とは、何も失うものがないことをいうのだ」
「それだったら少し自信がある。もうこれ以上失うものはあまりないような気がする」
「それはとんでもない勘違いだ。きみは今現在も豊かだし、必要なものはすでに備えているのだ。不足の概念のことを話したときにこのことは説明したと思うけど、きみは今のままで完全なのだ。きみは物理的な現象や結果にこだわりすぎる。つまり、自我の幻想を気にしすぎるのだよ」
「頭が悪くて、なかなか飲み込めないのです。結局のところ、ぼくは不足の概念にどっぷり取りつかれてしまっているのです。本当の自由なんて望むべきもないのかも…」雅章は元気のない声で言った。
「いつものやり方を変えるだけで、きみは自由になれるさ」さも簡単だよ、といった具合にビッグバンは言った。
「いつものやり方を変えるだけ?」
「そう、きみの癖をちょっとなおすだけでいい。精神をメインにして、目に見える物理的な結果や物質をサブに考えるようになりさえすればいいのだ。実に簡単なことだよ」
「そんなふうにいわれてみると、なんとなく
簡単 のような気がします」
「そういうことだ。簡単といえば簡単なのだ。余計なことは一切考える必要はない。楽天主義こそ、富の法則なのだから。何か身についてしまった習慣を変えねばならないとき、無理やり意志によって変えようと努力するより、そのことを新たな変化に挑戦する冒険だと自分に言いきかせて、気持ちそのものを、ゲームを楽しむ時みたいな気分にガラリと切り換えてしまうのだ。そうすれば、いとも簡単に楽しみながらできてしまうのだ。何事もその秘訣は
精神 にあるのだ。きみが自由になることを本気で望むなら、自分のことや目的地のことを考えずに努力するのだ。そうすれば、いつでもこのすてきな場所にたどり着けるよ」
「なんだかウルトラ級のパラドックスみたいに思えるけど…」雅章は眉間に皺をよせて答えた。かれのそんな様子を見て、ビッグバンは馬の手綱を引いて、歩をゆるめた。それから木々の隙間から少し見える青空をじっと見上げていた。
(引用終わり)
部分的な引用なので、多少説明不足なところはお許しを願いたい。現代の物質資本主義社会は、私たちが素直でオープンな気持ちで生きるには、あまりに詐欺に満ちた世界である。何にも考えずに頭を空っぽにして、ボンヤリしていたいのだが、どうもそうはいかないようである。
何故なら、国際金融勢力の本当の狙いが、ソコにあるからである。物質資本主義の目に見えない戦場において、私たちからサバイバルの能力そのものを奪ってしまうことこそ、彼らの隠された真実の狙いなのだから…。
☆ 拙著の精神主義シリーズの物語、『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』、『永遠なる日本が見える我が家のパーフェクト・ビーチ』等の本が最寄りの書店で手に入らない方は、
news_otoshiana@chibalab.com にメールを送ってください。こちらから直接送らせて頂きますので、よろしくお願いします。
『終』
--->記事一覧へ |