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日本よ、究極の先進国たれ No.12003年5月10日

永遠に敵を創造するアメリカ

アメリカは、第一次世界大戦以降国際紛争に巻き込まれないようにする「孤立主義」に傾き、ヨーロッパを中心に設立された国際連盟にも参加しなかった。ところがアメリカの学会やビジネス界で、世界のことに積極的にかかわり、アメリカの力で世界をコントロールしていったほうがよい、と考える「国際主義」の政治勢力がしだいに強くなり、「孤立主義」と対立するようになってくる。そしてその国際主義の中核となっていったのが、ハーバード大学や、その理論を発表する場としてのフォーリン・アフェアーズだったのだ。

フォーリン・アフェアーズは、アメリカの外交政策を立案する影の存在と噂されている人々が執筆していることで知られている。この雑誌を創刊した人々の中に、国際地域研究を確立したクーリッジ他ハーバード出身の学者がとても多い。つまり1941年の真珠湾攻撃から2001年九月の貿易センター同時多発テロに至るまでの、アメリカの外交政策に大きくかかわる事件のすべての背景に、つねに彼ら黒幕によって企画された外交政策が関係している。

三百人委員会の陰謀であった真珠湾攻撃は、開戦を避けるための日米交渉において、ルーズベルトが、当時の日本が絶対に飲めない条件、仏領インドシナからの全面撤退、日独伊三国同盟の即時破棄などを書いた「ハル・ノート」を、日本に対して最後通牒として突きつけることによって、もはや戦争するしか選択肢がなくなってしまうように巧妙に仕組まれたものだった。これらの詳しいことは、憂国の第一人者である前野徹氏の著作『戦後、歴史の真実』や『真珠湾の真実――ルーズベルトの欺瞞の日々』(ロバート・スティネット著、文芸春秋刊)に書かれている。

アメリカ政府は日本の奇襲を予期していたのだが、日本からの宣戦布告がアメリカ側に伝わるのが遅かったことをすかさず利用して、まず相手国の卑劣な奇襲によって自分たちは虐殺された、と吹聴することで、ルーズベルトは、日米戦争に突入するに当たって自国の正当性を創造し、堂々と戦争を始めることができたのだ。

こうしてかの有名な「リメンバー・パールハーバー」の名スローガンが米国全土に旋風を巻き起こした。ところが、このやり方はアメリカにとっては珍しくもなんともない。世論の後押しを受けて、時の大統領が参戦を高らかと宣言をするというのは、むしろ伝統的なやり方なのだ。

「国際主義派」の世論誘導テクニック

例えばジョン・ウエイン主演の映画「アラモ」の題材になったテキサス独立戦争でも、サム・ヒューストン将軍の下に集まった独立軍が、デビー・クロケット等の義勇軍がメキシコの大軍に惨殺されるのを黙って見殺しにしたくせに、その後メキシコ軍に対して「リメンバー・アラモ」をスローガンに抜けぬけと掲げたし、またアメリカの戦艦メイン号を自作自演で大爆発させることで260名ものアメリカ兵を死亡させてしまった事件でも、アメリカ政府がスペインの犯行と勝手に決めつけて「リメンバー・メイン」というあのいつものスローガンを米国全土に広めたために、当時のスペイン領フィリピンで1898年に米西戦争が起こってしまった。

この時もやはり同じ戦略と政治テクニックが使われたのだ。その共通点は、相手国の卑劣な手段でアメリカ国民が殺されたことを強調し、アメリカ国民のあいだに一気に憎しみを盛り上げることで、開戦支持を巧妙にコントロールしてしまう戦略だったのだ。その象徴的な手法として、いつも「リメンバー……」のスローガンが使われてきた。

1991年にソ連が崩壊すると、すぐさま湾岸戦争が勃発した。サダム・フセイン大統領がクウェートに侵攻したのは、日本の真珠湾攻撃を起さざるをえなかった状況とよく似ている。1950年代後半、フセインはエジプト亡命中にCIAとの会合を持っていたと言われていて、その頃からアメリカはすでにフセインの性格を熟知していたと思われる。そしてここでもアメリカ政府がフセインにクウェート侵攻を誘発させるようにたくらんで、中東アラブ諸国に危機を意図的に演出することに成功する。

その結果としてペルシャ湾岸諸国で大きな石油利権を持つサウジアラビアとクウェート等が、嫌でもアメリカに泣きつかざるを得ない状況をまんまと創造した。そしてフセインの息の根を止めないことで、ペルシャ湾岸諸国をアメリカのコントロール下に置き続けることが可能となったのだ。その後はオサマ・ビンラディンが反米テロリズムの主役に躍り出て、2001年九月の同時多発テロ事件へと発展したことになる。もちろんオサマ・ビンラディンの登場も決して偶然に降ってわいてきたわけじゃないのだ。

1993年に、ハーバードのサミュエル・ハンチントン教授は『文明は衝突する』という論文をフォーリン・アフェアーズに発表している。この論文は驚くべきことに、すでにイスラム文明が、欧米の物質文明に戦争を仕掛けてくるという予想を明確に展開したものだった。9・11の貿易センター同時多発テロによって、ハンチントン氏の予想は的中し、一躍注目され時の人となったのだが、今までのハーバードのやり方から考えると、自作自演臭さを感じざるを得ない。先ほどから言っているように、常に新たな「敵」を創造することで国際主義の政策を維持し続けるために、ハーバードはオサマ・ビンラディンを新しい「敵」に仕立てたと思われる。

 

世界貿易センタービルの美しすぎた崩壊映像

そのオサマ・ビンラディンは以前、アフガンでテロリストの養成所を運営していたと報道されている。そこでは、イスラムの各地から聖戦に参加しようとする人々が集まり、軍事訓練はもちろんのこと、テロのための資金作りを研究したり、盗聴をのがれるための通信方法を研究したりしていたらしいのだ。そして多くのテロリストが、アメリカなどのテロ現場となる国々や中東諸国とアフガニスタンの養成所との間を往復し、各地で得た教訓を養成所にフィード・バックさせるやり方は、まるで映画に出てくる諜報活動にそっくりで、なんだか世界中から研究者を集めているハーバートのやり方と不思議なくらいよく似ている。

「アラブ人は、どちらかと言えばかなり行き当たりばったりで、物事を相対的にとらえるのは不得意な人種なのに…」というようなことをエジプトでカイロの研究者が語っていたことを、フリーのネット・ジャーナリスト田中宇氏が、その国際ニュース解説記事で伝えている。

それにビンラディン氏には、世界貿易センタービル、ペンタゴン同時多発テロをやり遂げる組織力があったとはとても思えない。同時に四機の旅客機をハイジャックし、同時刻に貿易センタービルとペンタゴンへ命中させる計画を、現実のものとして成功させるのはほとんど不可能に近いといえる。もっともCIAがテロリストに全面的に協力していたのなら、話は全然ちがってくる。さらに言うなら、世界貿易センタービルが見事に垂直に崩壊したのは、建物内に爆薬があらかじめセットされていたからだ、という噂もある。

確かに、テレビに何回となく繰り返されて映った世界貿易センタービルの崩壊の仕方はあまりにも美しく、まるで映画のシーンのように見事なアングルで、いかにもプロの仕事のように多角的に撮影されていた。高層階のビルに飛行機が激突したのにブレて横倒しになることもなく、爆破専門化のおこなうビル破壊のように垂直に崩れていったのは、妙に不信感を触発されてしまうものだった。

ともかく、こんな大掛かりな仕事をやってのけられる組織は、KGBを除けば、世界の中でもCIAかイスラエル諜報機関ぐらいしか考えられない、とある専門家は言う。もちろん直接手を出したのはイスラム過激派に間違いないだろう。問題は誰がそれに加わって成功させたかである。「恐らくアメリカのロックフェラー財閥勢に対する、しばらく劣勢に立っていたヨーロッパ財閥ロスチャイルド勢の、イスラム原理主義者をそそのかして実行させた、凄まじい破壊攻撃だったように思う」と、独特の情報源を持ってネット言論革命を唱える副島隆彦氏も、その著作『テロ世界戦争と日本の行方』の中で分析している。

アメリカの公文館での秘密公文書の発表で、真珠湾攻撃がアメリカの誘導のもとに行われたことが明らかになったが、1991年の湾岸戦争におけるイラクのクウェート侵攻も、やはりアメリカにそそのかされて行われたことがすでにわかっている。サダム・フセインを世界の悪役に仕立てて、自国に関係のない戦争に消極的であるアメリカ国民を欺くために、アメリカの大手広告代理店のプロデュースによって、イラク軍の非人道的行為を示す偽造ビデオや、フセインを環境破壊者に見せかけるために油だらけの海鳥の偽造合成写真をメディアに流したことは、もはや有名である。

そして湾岸戦争後、故意にフセインの退陣をあいまいにして、イラクに軍隊を温存させたままにしたのは、メディア報道とは逆に94年「米朝合意」によって金日成体制を延命させたように、アメリカの軍事覇権維持のために、イラクを中東の「悪の象徴」として存続させておく必要があったからなのだ。

2003年、ギャングまがいの米英イラク攻撃の真相

アメリカをはじめとして世界が同時不況になってきたために、低コストで、開発余地が最も残されているイラクの油田と、今までにフセインが油で稼いだ資金をすべて奪ってしまうのが、今回の米英イラク攻撃の隠された目的といえる。米英による今回のイラク占領は、かっての日本の民主化のような見事な統治を目標とはしていないのだ。何故なら、アメリカは、あくまでイスラエルの利益代表であるから、戦争と混乱以外に、イスラエル悲願の領土拡大が実現しないことを、世界のどこの誰よりもよく理解しているからだ。

アメリカ政府は、フセイン政権崩壊後の統治体制の骨格「復興人道支援室(ORHA)」の代表として米軍のジェイ・ガーナー元陸軍中将を一旦決定したが、直ぐに更迭され、今度は国務省出身のポール・ブレマー大統領特使が統括することになった。

これらの人事の背景には国務省と国防総省との主導権争いの影がちらつき、イラクの人々に反感と不安を与えている。新たな中東和平政策「ロードマップ」として、アラファト議長のかわりにマフムード・アバス首相を傀儡としてうまく利用できたとしても、イスラム自爆テロは、やはり今後限りなく繰り返されてゆくと思われる。

そんなわけだから、当然イスラエルのシャロン首相指揮のもとに、シリア、パレスチナ、ヨルダン、イランへの攻撃を本格的に開始するパターンに、いずれ流れていくことは間違いないように思われる。これでアメリカは、イスラエルに、中東侵略の大義名分を与えると同時に、ネオコン系軍事シンクタンク「ランド・コーポレーション」の描いたイスラエル対中東アラブ諸国との戦争にうまく誘導することが可能となるのだ。アラブOPEC諸国は、戦争が長期化することで、アメリカに原油価格の主導権を奪われ、イスラエル戦ですっかり経済消耗してしまう。そして次第にアメリカとイスラエルの支配下に落ちてゆくことになる。

その結果として、アメリカの中東石油覇権、OPECの崩壊、テロ続行、イスラエルの領土拡大となる。そして拡大を続ける中国経済の中東原油依存度はほぼ100%であるが故に、当然の結果として中国の原油輸入のカードも、これで完璧にアメリカが押さえることが可能となる。つまり、ハンチントン氏の「文明の衝突」のシナリオ通りに舞台は進行しているのだ。

日本の場合は、戦後の日本を支配したマッカーサー率いるGHQがつくった民主主義という平和の方程式を一方的に与えられ、それに仕方なく従った。本来の民主主義は、あくまで国民が自分の幸福追求の手段として国民一人ひとりが活用するものであって、決して従うものではないのだ。その結果として日本民族としての根っこをみごとに切り取られ、国際主義というわけのわからない根無し草になってしまったといえる。

この民主主義の制度を利用して、いかに人からスマートに物を奪うかを、あるいはどうすれば騙せるかを、アメリカ人はいつも考え続けている人種といえるかもしれない。そしてたとえば、いきなり他国を先制攻撃したにしても、いかにそのことを正当化するかだけが問題であり、つまりそれがアメリカ的民主主義というものらしい。

物質至上主義が「過剰」と「死のビジネス」を産み落とす

物質文明の果てしない競争と過剰な欲望が、ついに人類史上前例のない新しい時代を迎えている。日本やアメリカをはじめとする先進工業国が、これまでの「不足」から「過剰」にとって変わる時代がやってきてしまった。高度にハイテク化された生産システムによって、製品やサービスの量は倍倍ゲームのように加速度的に増えてしまったのだ。しかし人間が消費できる量には限界がある。

このため、これまでの「不足」から、いきなり「過剰」が人類の歴史の中ではじめて、大きくかつ深刻な経済問題となった。この突然発生した「過剰」にうまく対応できないのが、今日本を含めて先進国を襲っているデフレの原因なのだ。日本を代表する経営者であった松下幸之助は、こんなふうに提唱している。

「社会や国家の目標は、国民の幸福である。そして企業の役割は、国民の幸福に寄与するためのサービス、あるいは雇用を提供することである。また企業はその存続に必要な利益、研究開発や設備投資、それ以上の利益を求めてはいけない」

金銭欲はあくことを知らない。限りなくお金や利益を追求することは、他の人よりお金や利益が欲しいということであり、自分と他社を引き離し、自分は特別だ、と考えたいエゴイズムに支配された考え方である。平成の日本の基本的な考え方は、聖徳太子の時代から昭和末期まで脈々と続いてきた伝統的な価値観である「和」とは相容れない。たった58年ぐらいで国家の根幹をなしていた日本的価値観や信念を、アメリカという軍事的な制圧者がその教育制度から巧みに排除したからといって、今永遠にそれらを捨て去ってしまってよいのだろうか…

そんな風な日本とはうって変わって、アメリカ政府は、アメリカならではの資本主義に忠実な究極の戦略をとっている。つまり「政府」が、市場にあふれている「過剰」を一気に燃やしてしまう戦略だ。それは何かというと、「戦争ビジネス」と「麻薬ビジネス」である。

つまり「過剰なモノと生命」を、ひとまとめにして償却してしまう究極の「死のビジネス」である。「過剰」を手っ取り早く完璧に燃やしてしまうために、アメリカは常に戦争を創造してきたのだ。この表では決して語られることのない力学のために、アメリカは太平戦争以降、朝鮮戦争、ベトナム、ニカラグア、パナマ、ボスニア、湾岸、アフガニスタンと絶え間なく戦争を続けてきた。

もはやアメリカは、「死のビジネス」に首まで浸かってしまっているのだ。アメリカの「公共事業」ともいえる「軍産複合体」に仕事を与えて破壊し、再び新しい消費環境を創造するためである。「アメリカの正体をつきつめていうなら、資本主義を偽装した軍産複合体による社会主義国家で、永遠に『死のビジネス』を繰り返すことを運命づけられた国家だ」と時事評論家の増田俊男氏は、インターネット時事直言の中でいつも定説のように語っている。

末期のローマ帝国のように、今、アメリカは崩壊に向かって確実に進んでいる。その一方で2004年4月EU憲法の草案ができると、すぐに大統領、首相選挙がおこなわれて、経験豊かな、そして時には狡猾な世界最大の政治・経済EU連邦大国が突然出現することになる。もちろん野蛮なカウボーイを懲らしめるために。

蜃気楼のような孤島の楽園

ともかく、私たち平成の国民も日本社会も、資本主義というシステムの中で「過剰」と「物質的貪欲」から開放されないために、「デフレ」やら「不良債権」等の嵐の中で、ついに機能障害を起こしてしまっている。平成の私たち国民や企業も、今一度自分の歩みを静かに見つめ直し、目先の軽薄なエゴイズムに振り回されないで、自分の本当にやりたいことやサービスを再点検すべき時がやってきたのだ。

私たちが今求めているものは、宇宙の大きな生命潮流から見ると、かなり見当違いなエゴイズムの罠に陥っているということを、資本主義の機能障害よって、ある意味で警告してくれているような気がする。

ふと、生前のビートルズのジョージ・ハリソンが、TVの中で語っていたシーンを、私は思い出した。自分の所有する南国の島の大理石に囲まれた一室で、何処かの局のインタビューに、いかにも悲しげに答えているシーンだ。ビートルズ時代の、まだ売れ出して間もない頃のことを、言葉を噛みしめるように語っていた。

その内容は、正確には思い出せない…およそ次のような内容だ。音楽観やら目指すべき方向性やらのことで、毎日激しい口論を交わしつつも、何とか四人で演奏ツアーを懸命にこなしていた日々。余裕のかけらもなかったあの頃が…すでに遠い過去になってしまった今から思うと、現在の南国の隠遁生活なんかよりも、はるかに凝縮された充実感があったのさ、と言うようなことを、海を見つめたまま、淡々と答えていたのだ。

まさに世界の中心にいる何不自由ないアングロサクソンの成功者の一人が、毎日が空虚で、虚ろな生活を送っているのだ。結局のところ、お気に入りの車や海辺の別荘、大切な預金通帳、高価なブランド品や地位や役職等は、シンボルに過ぎないのだ。シンボルを追求するのは、旅をして現地を訪れるかわりに、地図やパンフレットで満足するようなものなのだ。当然の結果として、いつまでたっても心の空虚感を埋めることができない。

「本当の豊かさを求めることをしないで、外にある物質的な豊かさのシンボルで満足しているからなのだ。私たちが、つい目に見えるシンボルを求めてしまうのは、結局のところ不安や恐れから生まれている」と、米国アーユルヴェーダ医学協会会長ディーパック・チョプラも、その著書『人生に奇跡をもたらす7つの法則』の中で語っている。

不安や恐れの貧しさの意識が、様々なシンボルに私たちを執着させて、いつしか自己防衛へと動かす。もちろんこれは国や社会に対しても同じように反応するのだ。権力や完璧な安全さへの国家としての執着は、いつまでたっても捕らえどころがなく、結局のところ、果てしない戦争を繰り返すことになる。

「恐怖」からではなく、すべては「和」から始まる

ギリシャ神話のミダス王は、願いがかなって、触れるものがすべて黄金に変わるようになる。それ故に、ミダス王は物質の本当の生の手触りを、もはや知ることができなくなる。雨や草木や、ふんわりとした牡丹雪や子供達の柔らかな肌が…彼が触れた瞬間に、何もかもが冷たい金属に変わってしまう。

それと同じように、私たちの五感が、生の潜在力である量子の場を、三次元の日常空間に変換してしまうため、量子の世界の真実の手ざわりを知ることができない。私たちの思考であれ五感であれ、量子の場を一瞬のうちに変質させてしまう。太陽のような大きな真実が目の前に輝いていても、私たちには、眩しすぎて見えない。あるがままの真実は、自分が惨めになるから、見たくもないし、聞きたくもないのだ。社会の中で生きていくためには、奴隷にならなければ生きていけない。その自分の惨めな奴隷の姿を、鏡を見るように確認したくはないのだ。

そんな具合に孤立させ、自分を周囲の世界と切り離された存在だとみなす現代の物質文明は、私たちをして、他の人と奪い合い、殺しあって、周囲の美しい神の創った環境を無残に破壊させている。そして何もかもがバラバラであることの究極の形である死が、いつも私たちを恐怖の虜にする。そして最後には、恐怖が大きくふくらんで暴力を産みださずにはおかない。それが現代物質文明の行き着く終着駅なのだ。

「人々や事物から切り離されたように私たちが感じる時、私たちの心の中でエゴイズムがモンスターのように増殖して、目の前に見える人々や、事物や出来事を、自分の思いどおりに支配しようとする《恐怖》の力学が育ってしまう」と、心理学博士ウエイン・W・ダイアーがその著書『自分の中に奇跡を起こす』の中で語っている。

その一方で私たちの細胞は、たえず経験という生データーを処理し代謝をおこなって、その解釈を私たちの体の一部にしている。もし私たちがまわりにやさしく包まれていると感じるなら、私たちは暴力と無縁である。自分の延長である宇宙と自然にわずかの違和感もなく、すべてがすでに満たされているからだ。もはや私たちが、外に求めなければならないものは何もない。アインシュタイン、ボーア、ハイゼンベルグといった量子力学の新しいパイオニアたちは、この世界の波動を宇宙の精神にたとえている。宇宙それ自体が、生きた精神だと考えるようになってきているのだ。

日本よ、究極の先進国たれ

今アメリカはアジアを緊張させるために様々な戦略を練っている。現在アメリカが、NMD(米本土弾道ミサイル防衛構想)システムの基地をアラスカに設置しようとしている。中国からアメリカへミサイルが発射された場合、そのミサイルがすべてアラスカの上空を通過するからである。だが、たとえアラスカにミサイル防衛網をつくっても、拡散した弾道のすべてを打ち落とすことはできない。やはり何発かは撃ちもらしてしまうだろう。

だからこそアメリカにとって、日本と台湾にTMD(戦域ミサイル防衛構想)システムを配置することが必要不可欠なのだ。

中国や北朝鮮から多弾道式ミサイルが発射された場合、弾道が拡散する前に打ち落とすのが、日本と台湾のTMDシステムの使命なのである。もし撃ち損じたとしても、1、2発程度ならアラスカからの迎撃で対処可能なのだ。アメリカは、台湾と日本の安全のためにミサイル防衛網が必要だ、といっているが、これはあくまで建前で、本音は自国の安全のためである。もし日本の安全を本当に考えるなら、アメリカと一緒にTMDシステムの開発なんか進めない方がいいのだ。そんなことをすれば、アメリカの敵国から日本も間違いなく狙われるようになる。

アメリカが日本を守っている、というのはあくまで建前で、アメリカは、日本を軍事拠点にすることによって、極東アジアにおける覇権を握っているのである。それ以上でもそれ以下でもない。日米安全保障条約は、アメリカが日本に基地を置くことによって、アジアの覇権を保持するための条約なのである。

そしてアメリカのまったく勝手な都合で、今アメリカのメディアは、日本に反米感情を起こすような、58年前とはまったく逆の演出を巧みに行ない始めている。かつての占領プロパガンダやら東京裁判の陰謀やらを、意図的に日本のメディアに漏らしはじめたりしているのだ。

そうすることで日本国民とアメリカを対立関係にすることで、日本の朝鮮・中国に対する防衛問題に神経質になるように誘導する。その結果として、軍事力を高める方向へ導いて、しかも日本独自で動くことは許されないアメリカのTMDシステムに組み込もうと企んでいるのだ。極東アジアの緊張をネタに商売してゆく軍需ビジネスこそが、ネオコンのアジア覇権保持の隠されたかなめだからだ。その結果何が起きても、アメリカにとって大した問題じゃない。

そんな風なことをすべて考えてみると、今こそ、アメリカの真意を徹底的に見抜く研究が必要なのだと思う。「アメリカは世界中の国と『対等で平等である』というふりをして外交交渉をしている。日本はよく言っても、世界の主要三十カ国ぐらいの属国のひとつにすぎない」と副島隆彦氏は、その著書『属国・日本論』の中で述べているように、敗戦後、確かに日本は独自の戦略や思想を持つことを禁じられてきた。

確かに、このまま根っこを切り取られたまま生きていくわけにはいかないのだ。単純な反応として反米になることなく、アメリカの思想や戦略を徹底的に見抜いて、アメリカの世界戦略に合致した形での、自国の利益を追求する国家戦略を創造しなければならない時期がきたのだ。

最近「中国へのカードとしての日本核武装論」を提唱したワシントンポストのコラムニストのチャールズ・クラフトハマーや、「空母なんて古くて、もういらない」というラムズフェルド国防長官等の発言から察するに、新しい宇宙戦争型の弾道ミサイル防衛構想と核ミサイルを持つ、と明日にでも日本が宣言することも、全然不可能じゃない環境を迎えつつあると思う。

確かに日本は今、国の安全保障という国家存亡の危機を迎えている。「国の安全は国の繁栄よりもはるか重要である」とアダム・スミスも『国富論』の中で語っているが、それでもやはり日本は、世界の人々に嫌われない戦略国家を目指した方が、日本民族の伝統的な「和」の精神に根本的に合っていると思う。

ODAだってうまく利用すれば、ある意味で世界からダンピングだと叩かれずに、堂々と世界中に日本製品を安くばら撒ける最高のチャンスともなる。アメリカ政府のように、国益確保のために通信傍受システム《エシュロン》を世界中に張り巡らしておいて、その一方で民主主義を利用して詐欺師まがいの略奪国家になるのではなくて、資本主義に反して与え続ける国家、ボランティア色の強い、たぶん日本民族にしかできない新しい国家になればいいのだ。

金融戦争によって叩きつぶされ、国民さえもさらわれ、国家の威信のかけらもない乞食外交を続け、アメリカ隷属と馬鹿にされ続けてきたどうしょうもないはずの日本が、未だに世界第二の「輸入力」と世界のGDPの13%を維持し、アメリカの累積債務の約半分700兆円を、けな気にも米国債やら株式等で買い支えている無借金国家なのだ。

だとしたら、アメリカから一方的に与えられた平和憲法と核被爆国日本という占領的立場を、或いは世界基準から見た日本所有の約400兆円の米国債(経済抑止力)を、カードとして逆利用することで、日本は、新しい時代の先進国になれるかもしれない。核がなくとも、アメリカの経済を破壊することは出来るのだ。

日本は、アングロサクソンのように生存のために自然や環境と「戦う」文化ではなく、自然の恵みと一体となった「和」文化として発展してきた。『土地神話復活』の中で増田俊男氏はこんな風に語っている。

「日本民族は、民族の幸せのために『祭り』を司り、神に恵みを祈り、感謝する者を『天皇』とした。天皇は、祈りの儀式をおこなう全国の神社の頂点に位置し、八百万の神に対して、かかげ分かち合う『和』の精神の象徴的存在でもある。自然(神)、天皇、日本民族が『祈り』と『祭り』で一体となっている国家こそが、日本なのだ。今日、同じ民族で、同じ血統の王家を戴く国は日本のみである」と。

この尊い国家と精神の中に、「アメリカのくびき」から脱するキーワードが含まれているような気がする。尊い日本の歴史を捨てて、白人になろうとしてはいけないのだ。世界戦略のスタンダードとして開発されたビル・ゲイツのウィンドウズのような占領的なOSではなくて、一度はつぶされたにもかかわらず、人知れず携帯電話のIモードに採用されて甦っている坂村健氏の和製OS「トロン」のようなソフトこそが、その象徴となるかもしれない。

問答無用のアメリカン・ショックをすべて飲み込んだ上で、世界覇権国アメリカのブッシュ政権を、今まで以上の強力な同盟国として支える際のカードとして、日本政府は国益のために、集団的自衛権の行使を利用すべきなのだ。

この集団的自衛権の行使こそ、間違いなく究極のカードとなる。つまり、戦後の東京裁判によって日本人に深く植えつけられた「自虐史観」を取り除いてもらうために、アメリカ大統領自ら日本に来て対日公式謝罪をしていただき、元もとアメリカ製の現行憲法を自ら否定してもらうことを、このカードの必須条件にするのだ。

この究極のカードこそが、根っこを奪われた平成の日本人が自立し、新憲法のもとで再び自信を回復するための唯一の方法と思える。そしてこの際思いきって人道支援国家に、敵味方という力の論理を超越した、国家の利害のために負傷した兵士や希望を失った人たちを支援していく究極の国家になることも可能なのだ。

ただこのカードには賞味期限があって、ネオコン色の強いブッシュ政権下が食べ頃なのだ

『終』

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